Project 04

シンガポールの「電力供給を変える」

トランスミッションケーブルトンネル東西線第3工区工事

背景

世界中から人とビジネスが集まって、急激な成長を続けるシンガポール。
これからさらに高まるであろう電力需要に応えるために、全長35kmの超高圧送電線用トンネル工事が進められている。
その1工区を担う西松建設。現場では、驚くほど豊かな多国籍・多文化の環境に順応しながら、
大きなチャレンジが行われていた。

工事概要
工事名称

トランスミッションケーブルトンネル東西線第3工区工事

発注者

シンガポールパワーアセット(SP POWERASSETS LIMITED)

工期

2012年10月8日~2017年4月2日

シンガポールの次世代電力供給を支える、
一大プロジェクト。

シンガポールパワーアセット(シンガポール電力の送電設備会社)は、将来の電力需要に備え、総事業費20億シンガポールドル(約1,250億円)を投じて、超高圧送電線用トンネルを整備しています。シンガポール中央部の地下35~60mで構築する総延長35kmのトンネルは6工区に分割発注され、西松建設は東西線第3工区(EW3)を請け負っています。54ヶ月という工期の中で、全長5.5km ・仕上がり内径6mのトンネルを2台のTBM(シールドマシン)を使用して建設し、トンネル内の付属設備工事と機械電気設備工事も施工します。
これまでシンガポールでは、地上部の浅いところに細い高圧ケーブルを通して電力供給を行ってきましたが、そのケーブルの老朽化が進み、中にはケーブルの寿命と言われる40年を超えている箇所もあります。安全で安定した電力を供給し続けるために、この一大プロジェクトが必要不可欠なのです。このトンネルが完成すれば、新たなケーブルでの電力供給を始められるだけでなく、今後もケーブルの維持・交換がしやすくなるので、保守関連工事の際に市民生活に与える影響を小さくできるという狙いもあります。まずは老朽化への対応策ですが、将来的に大きな活躍が見込まれるインフラ工事であるため、品質は120年保証。シンガポールの人々の暮らし、ビジネス、そして一国の未来を支えるプロジェクトに責任を持って取り組んでいます。

2つの大きなチャレンジ。

本工事を進めるにあたり、「私たちにとっていくつかの挑戦がありましたが、中でも特に大きなチャレンジが2つありました」と有村所長は言います。1つ目は、内径14mという小さな立坑を用いて2台のTBMを同時施工しなければならなかったこと。「施工のしやすさだけを考えれば、立坑をもっと大きくすることもできる。でも、大きくなればその分工期も工費もかかってくる。どうするのが最適なのかを比較検討し、いくつかのファクターを考え抜いて、その上で導き出したのが14mだったんです。工期も予算も守りながらいいものを造るには、自分たちの技術への挑戦も必要なんですよ」と、お客様目線でプランニングをしそれを成し遂げることへの責任感とプライドが伝わってきました。

そして2つ目のチャレンジは、外径7mのTBMで半径75m(R75)の急なカーブを施工したこと。シンガポールではこのクラスの大きなTBMでR75の施工は初めてのことだったので、チャンネル8(ローカルTV局)から取材を受けるなど現地でかなりの注目を集めたそうです。カーブが急であればあるほど、TBMが曲がる際にセグメントの片側(カーブの外側にあたる箇所)を押す力は大きくなるため、通常よりも強度の高いセグメントが必要になります。「このR75の部分は、特別なセグメントを使用しています。鋼製の外殻の内側をコンクリートで満たして強度を上げたコンポジットセグメントを採用していますが、これは日本でもあまりないものだと思いますね。こちらで設計したオリジナルのセグメントです。また、シンガポールの代表的な洪積層の固結砂質土は非常に固く摩耗性が高いので、かなり気を遣っていないとTBMの面板がすぐに傷んで使い物にならなくなってしまいます。60mの地下での工事なので、200キロパスカルの圧力を前方にかけて掘削していきますが、よく注意しながら面板の摩耗具合をみて掘進パラメーターを調整したりパーツを交換していかないと効率良くTBMを動かし続けることができません。そのあたりの判断は、やはり経験でしょうね。ある程度はパラメーターで測れますが、そこにプラス経験があってこそ最適な判断ができるのだと思います」。機械やデータだけに頼るのではなく、培ってきた経験を現場に合わせて活用していく。これも課題を乗り越えていくために必要な施工管理力の重要な要素なのでしょう。

課題解決のためには、現地と日本に壁はない。
それが「チーム西松」。

もちろんすべてが順調だったわけではありません。工事の初期、TBMを発進させたばかりの頃は、TBMの推進力によって、かなりの頻度でセグメントにクラック(亀裂)が入ってしまうことに悩まされました。「西松建設では、トンネル工事の施工管理に特化したシールド委員会が社内に設けられているので、日本の委員会のメンバーに現地出張を要請し解決策を徹底的に考えました。土木や土木設計の部署からも、日本で実際に現場の第一線でシールドを動かしている経験者や、各分野の専門家に集まってもらって、それぞれの視点からのアイデアを持ち寄って検討を重ねました。施主とも互いが納得するまで話し合って、セグメントの設計を改善したり施工の管理を厳しくするという策を実行しました」。そして、キーセグメント(セグメント組立で最後に入れるセグメント)の位置にも改善を加えました。シンガポールでは昔から「シールド断面の下半分にはキーセグメントを入れないように」と仕様書で定められていましたが、キーセグメントの組み立てる位置が限られているとトンネルの線形確保に融通が利かないだけでなく、セグメントに作用する負荷もうまく分散できなくなり耐久性に支障が出てきてしまいます。「下の方にキーセグメントを入れてはいけない主な理由は、下の方は組みづらく技術力が伴わないと品質に問題が生じる可能性があるという施主の懸念によるものでした。今の時代は技術も向上しているし、西松建設のトンネル技術と経験を発揮するので問題ないですよと。そうした協議を施主と行った結果、下方も含めキーセグメントを配置できる位置が増えたので、より繊細にカーブを描けるようになりました」。こうした様々な策を講じたことで最終的にクラックもなくなり、R75のカーブも無事に完成しました。高品質な製品を作るために会社をあげて施工上の課題を解決したり、施主の協力や理解を得るために細やかに協議を重ねたり、一つひとつ丁寧に向き合っていくことがすべてに繋がっているのです。

多国籍・多文化の中で、一つの目標を成し遂げるには?

シンガポールで工事を行う上で、一番の特徴は多国籍・多文化の中で一つのプロジェクトを遂行するということ。本現場においても有村所長を含めて日本人技術者は5名のみ。その他の55名のスタッフは現地採用。シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、タイ、インド、バングラデシュなど言語も文化も様々な人たちが集まっています。さらに、シンガポールという国の商文化の中で、中国系や韓国系の同業者、アメリカのコンサル会社や、ヨーロッパのメーカーなどとのやり取りも必要になります。「日本での仕事との大きな違いは、ここには多種多様な文化があるから相手の文化を尊重しないと仕事にならないところ。言葉だけの話ではないですよ。たとえ言葉が通じても、文化が違えば考え方も違うし、みんなに共通の常識なんて存在しない。特にシンガポールでは海外からの出稼ぎ労働者が中心になるので、建設業は初めてという人もたくさんいます。日本と同じやり方で管理はできませんから、この国、この現場に合わせた工夫をしていかないと何もできません」と話しながらも、有村所長にはそんな環境さえもチャレンジの一つとして楽しんでいるようなエネルギーがあふれていました。

そんな有村所長の一番傍で本工事を支えている副所長のKeng(ケン)氏は、マレーシア出身の現地採用スタッフ。「有村所長の提示するダイレクションをフォローするのが、私の一番の仕事だと思っています。だからと言って、指示通りに物事を行うのではなく、『チームの一員』としてごく当たり前にこのチームに貢献する働きをしていきたいんです。何か問題が起きた時には、いち早く解決するための動きができるように。様々な背景を持ったたくさんの人が力を合わせて行う仕事ですから、コミュニケーションは本当に重要。たとえば、毎朝1時間は必ずオフィス1階のワーカーが集まる部屋にいるようにして、『昨日はどうだった?』『何か問題があったの?』とワーカーから直接話を聞くことを大切にしています。何かあればエンジニアや各セクションのリーダーからも私のところへ話は上がってきますが、何が真実かを確認するには現場のワーカーと話をすることが大事ですから。工事完了まであともう少し。最後までこのチームで成し遂げたいですね」と語るケン副所長と有村所長の関係性にも、言葉や文化を超えた「目標の共有」が明確に表れていました。

「海外に強い西松建設」であり続けるために―。

50年以上も前から、海外で様々な経験を積み重ねてきた西松建設。その経験があるからこそ、海外ならではの課題に直面した時にも一つひとつ乗り越えることができ、また次の海外プロジェクトへと積極的に向かっていくことができています。自身も長年海外の現場に携ってきた有村所長ですが、「これまで西松建設がいろいろな国でやってきた経験は、それぞれの現場で本当に大きな力になっていると思います。日本から最先端の技術やシステムをそのまま持って行っても、現地では通用しません。その国にはその国のルールや課題があるからです。会社としてのバックアップがすべてシステム的にできあがっていて、その国ごとに柔軟に対応できる力がないと海外工事は難しいでしょう。そういう基盤があって初めて、現地の施主や関係機関とのお付き合いができるわけですから」と、海外という環境でプロジェクトを遂行する難しさに立ち向かうには会社としての経験値が非常に重要となってくると語ります。

「先人たちの経験と、仲間の経験、自分自身の経験。それがあるから今こうしてシンガポールという地で仕事ができているんだと思います。ただ経験を重ねるだけでなく、現場ごとに発展させていくこと。これを怠ったら、すぐに通用しなくなりますからね」と厳しさを見せる一方で、「西松建設はトンネルに強い!トンネルに関する技術は、決して他社に負けない!そう自信を持って言えますね」と有村所長は言います。「よその国に行って基幹施設を作らせていただけることは非常に喜ばしいことです。実際に工事が進んで1日1日トンネルの施工距離が増えていくと、喜びも同じだけ増えていく。西松建設がいろいろな国でこうして何かの工事に携わっているのは、仲間として自分にとってもすごく誇らしいですね」。250万時間無災害を達成している本現場。トンネルが隣接区域に到達し、全ての掘進が完了するまであとわずか。残りの設備工事も終盤に近づいていきます。シンガポールの次世代電力供給のために、今日も言葉や文化を超えた現場力が発揮されています。

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