サステナビリティ

西松の健康経営

髙瀨伸利×藤木俊光×鶴光太郎

2019年2月、当社はゼネコンで初めて、
経済産業省と東京証券取引所が共同で主催する
「健康経営銘柄2019」に選定されたのを機に、
健康に関する取り組みが加速しています。
当社の健康経営がさらなるステージに進むために、
「西松建設の健康経営への取り組み」をテーマに、
健康経営を推奨する中心的な役割を担う3氏が
一堂に会し、鼎談を行いました。

鼎談者

経済産業省商務・サービスグループ商務サービス審議官

藤木俊光 氏

1988年、通商産業省(現経済産業省)入省。富山県商工労働部長、知事政策室長、中小企業庁長官官房政策企画官、事業環境部金融課長、経済産業省大臣秘書官事務取扱、製造産業局産業機械課長、経済産業政局企業行動課長、経済産業政策局経済産業政策課長、大臣官房総務課長、資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長を経て、2017年7月より現職。

慶応義塾大学大学院教授

鶴光太郎 氏

1984年、東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学Dphil.(経済学博士)。経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員を経て、2012年より現職。経済産業研究所プログラムディレクターを兼務。内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキンググループ座長)(2013-16年)などを歴任。

西松建設株式会社 代表取締役社長

髙瀨伸利

司会

相場詩織(フリーアナウンサー)

健康あっての生きがい、働きがい

相場詩織
健康経営に対する西松建設のビジョンをお聞かせください。

高瀬社長
働き方改革というと、生きがいや働きがいが話題になるが、健康はその上位概念であり、健康があってこその働きがい、生きがいだ。
健康は個人の責任で管理するものという発想から、会社が支援し、社員と一緒になって取り組む姿勢を示すことで、社員の生活をより幸せにし、生きがいや働きがいを支える土台になれる。それは会社にとってもメリットになる。
継続的に新たな施策を取り入れ、社員に理解してもらうとともに、外部にも発信していくことが重要だと考えている。

相場詩織
導入の背景は?

高瀬社長
健康診断だけでは発見できない、防げない病があり、気がつかないうちに進行し、休職や退職を余儀なくされるケースが毎年2、3例あった。社員が減るのは会社にとっては戦力ダウン。気づきの機会、健康に留意するような機会を用意できたなら、それを防げるのではないかと考えた。

幸せな老後は、65歳までで決まる

相場詩織
国として健康経営に取り組む意義とは?

藤木審議官
人生100年時代。日本は世界に先駆けて超高齢社会に入った。延びた人生をいかに健やかに、幸せに生きられるかは、国を挙げての課題になっている。
65歳時点で健康を維持しているかどうかでその後のQOL(人生の質)は、大きく変わってくる。病気がちだと、どうしても外へ出るのが億劫になるし、身体だけでなく認知症を発症するリスクも高まる。
65歳時点で健康かどうかは、65歳になるまでにどれだけ健康に投資したかにかかっている。そこに、健康経営の社会的な意味がある。現役時代に、健康の基礎を作り、健康に対する方向付け、意識付けをしておくことが、その後の長い「幸せな長寿人生」のベースになる。
一方高齢化は、社会的に人材不足という側面も持っている。人材にどう投資して、長く活用するかは企業にとっては重要な課題でもある。社員が心身ともに健康で働ける環境を提供することの重要性は、今後ますます高まるだろう。

健康は経営の重要課題

相場詩織
企業は健康経営にどのように取り組むべきでしょうか。

鶴教授
日本経済新聞社と日本経済研究センターが共同で取り組んだ「スマートワーク経営研究会」で、健康経営への取り組みは、若干のタイムラグはあるものの、ROE(自己資本利益率)を引き上げるとの分析結果が出た。当たり前と思いがちな健康だが、企業業績に好影響を与え、定着率が高まるなど社員の会社への貢献度にもつながるという意味で、非常に重要だという認識を持つことが必要だ。
健康経営をベースに、多様で柔軟な働き方、労働時間適正化によるワークライフバランスの向上、人材の流動化などさまざまな施策と組み合わせれば、相乗効果で、その成果はさらに高まることになる。

人間ドック受診率が急伸

相場詩織
西松建設の具体的な取り組みを教えてください。

高瀬社長
従来、年2回の健康診断だったものを、30歳以上の全社員を対象に、もっと詳しく検査すべく、2018年度より、年に一度の法定健康診断に加え、人間ドックを受診する、人間ドックの受診助成制度を導入した。それまで人間ドックの受診率は対象者の10%未満だったものが、2018年度には約85%弱、今年度は現時点ですでに89%を超えた。社員の健康に対する意識がかなり上がってきた。
ただ受けろと言うのではなく、会社として補助金を出すようにした。2018年度は1万5000円。全国土木建築国民健康保険組合(土健保)の補助金と併せると、ほぼ自己負担なしで、人間ドックが受診できる設計だ。さらに有給休暇とは別に、人間ドック休暇も付与し、受診を促した。
これによりがんなどの重要な疾病を早期発見できた社員が、会社が把握できているだけでも7人もいた。私自身、認識を新たにし、さらに健康経営を推進すべく、さらなる手を打った。人間ドックは、別料金のオプション検査も多いが、それも受けてもらえるよう、2020年度からは補助金額を3万円にまで増額することを決定した。
社員が仕事に集中して、その質を上げるには、家族が病気ではいけない。2020年度からは、配偶者にも、同様の補助ができるようにする。配偶者が病気だと、家に早く帰らなければいけないなど、仕事上の制約も出てきてしまう。配偶者も含めた健康に視点を広げた。
多様な働き方、ダイバーシティーを考える上では、女性特有の病気に対する検診も積極的に受けてもらいたい。法定健診の際に女性特有の病気に対する検診を希望する場合、検査費用を会社が全額負担する制度も2020年度から始める考えだ。

社員の健康意識も高まる

高瀬社長
会社が「健康が大事」と打ち出すことによって、社員の自発的な健康意識も高まってきている。会社の行事ではないにもかかわらず、土健保のウォーキングイベントへの参加が、2017年秋で20名の参加だったものが、2018年春には127名、2018年秋には376名、2019年春には541名にまで増加した。会社が方向性を示して、社員に気づきを与えると、意識が変わる、ということを思い知らされた。イントラネット上にも、みんなでサイクリングに行ったり、全国の現場単位でさまざまな健康への取り組みを始めていることが書き込まれるようになった。
数字に表れた効果こそまだ把握はできていないが、社員の意識は確実に変わってきている。この1年で会社の風土が変わってきたとまざまざと実感している。
人材への投資は、経営を考える上で必須の項目だが、健康対策も、教育や研修といった人材投資と同様に、会社にとってかなり有効な施策と考えている。藤木審議官がおっしゃったように、西松建設で働いている間だけ健康というのではいけない。そういう意識を植え付けることによって、退職後も健康であり続けるという意識が個人に芽生え、それが「健康寿命」を延ばすことにつながるのではないか。
2020年春に社屋移転を控えているが、新社屋の社員食堂では、ヘルシーメニューに限って補助を厚くするアイデアを考えている。立ち会議スペースも作る。さらに社員が毎日気軽に健康チェックできるよう、社内の数ヶ所に健康測定コーナーを設置し、体組成計や血圧計等を配備する計画もある。

成果の「見える化」が課題

相場詩織
健康経営をさらに発展させるためになどんなことが必要でしょうか。

藤木審議官
最初のステップとしては、健康経営銘柄に選出された企業には、「大使」として、健康経営をさらに広めていってほしい。
また、社長もおっしゃったように、従業員の女性比率が上がっていくに従い女性の健康に力を入れる、或いは、肉体的な健康だけでなく精神的な健康に力を入れている、など、企業によって健康経営への投資のポイントも多少変わってくるかもしれない。健康経営は、時代とともに、働き方の変化とともに変わるものであり、その変化を積極的に取り入れていくことが重要になる。
関係会社や取引先、地域ともどう取り組んでいくかも重要。家族に対する施策はその第一歩と言える。広がりをどう作っていけるか、西松建設をはじめ、健康経営銘柄に選ばれたトップランナー企業が、知恵を出し合って取り組んでいただければと思う。
2番目のステップとしては、企業であるからには、投下した投資に対して、リターンはどうなのか、さらにそれが会社としてのパフォーマンスにどう影響しているのかを計測しなければならない。
そもそも健康に投資したのに、健康にすら役立っていないというケースもある。健康のための催しを開くと、本来来てほしい人ではなく「健康好き」しか集まって来ないということが良くある。
投下した資金に対して、狙いどおりの効果を発揮しているかをどう計測するのか。そして次のステップとして、それが企業のパフォーマンスにどう結びついているのか。最初は仮説を立てるしかないのかもしれないが、それを検証する方法論を作っていかなければならない。現在経済産業省では、健康投資管理会計ガイドラインを作ろうとしている。「見える化」していくことによって、経営者も健康経営に取り組みやすくなるはずだ。
規模が小さく、経営環境が厳しいと、支出ばかりで見返りがないなら止めてしまおう…になってしまう。「投資」であるならば、その成果を見えるかたちにしていくことが重要だ。
3番目は国際化。日本は世界に先駆けた超高齢社会だが、実は世界はすぐに追いついてくる。世界中が日本と日本企業の取り組みに注目している。G20サミットに先駆けて開催されたB(ビジネス)20サミットでも健康経営がキーワードになっていた。西松建設も国際展開しているが、進出先でも、安全などの基本から始まり、だんだんと健康をどう増進していくのかになってきているはずだ。
海外でも生活習慣病が増えている。そういう中で、日本企業に勤めると健康にもいいとなると、それがある種のブランドになっていく可能性がある。世界的な成長を図っていくという意味でも、健康経営がポイントになると考えており、国際的な広がりは今後ますます重要になっていくだろう。

「魂が入った」西松の健康経営

相場詩織
今後、企業にはどんなことが必要でしょう。

鶴教授
働き方改革も含めて、ブームにのってさまざまな制度を作ったとしても、社員がそれを理解できない、意識が変わらない、制度を作っても浸透しないという例は多い。会社が制度を作ったことをきっかけに、社員の自発的な取り組みを作れるかどうかが、健康経営の大きなテーマだ。「仏作って魂入れず」になることが大きな問題。西松建設は、それをきちんとやられているなと思った。
社員のメンタルヘルスや仕事のやりがい、活力や熱意といった「ウエルビーイング(良好な状態)」に着目すべきと考えている。労働時間削減が進む中で、余った時間をいかに充実して過ごすか、働いている場だけでなく、プライベートな部分でいかに充実しているかは、仕事のパフォーマンスに跳ね返ってくる。それを包括的に考えることが、健康経営の出発点になる。副業など会社以外の部分も含めて、社員のやりがいをどう高めるのかなど、企業が社員に対して配慮することは、結果的に企業のパフォーマンスを高めることにつながる。
では、その成果をどう計測するのか。西松建設では、自発的に健康イベントに参加する人数が増えたというが、それがどれだけ健康状態の改善に役立ち、企業はどれだけのメリットを得たのか、社員はどう変わったのか、そこに着目しなければならない。プライバシーの問題があるが、個人の健康状態がどう変化してきたのか、そして仕事ではどんな成果を上げたのかなどをさまざまにデータ化し、分析できれば、どのような施策がどういう社員にどんな影響を与えたのかが見えてくるはず。
そこでAIの出番だ。さらにもう一歩先の取り組みだが、実際に着手している企業もある。プライバシーには細心の配慮をしつつデータ活用ができれば、社員のウエルビーイングを高めて、企業のパフォーマンスを向上させるためにはどういう取り組みが必要なのかを分析でき、その成果をステークホルダーにもアピールできる。そういった取り組みが重要になってくる。

健康は生産性向上にもつながる

相場詩織
西松建設の今後の取り組みをお聞かせください。

高瀬社長
健康経営の形はできてきたように思う。健康はあくまで個人の問題であり、会社は個人の意識を高める、健康維持の手助けをするというスタンスの中で、会社として何ができるかを考えないといけないと思っている。まずは目に見える施策に着手したい。第二の人生に入ったとき、西松建設で働いてきて良かった、おかげで幸せな人生が送れると社員が思ってくれるような形になればベストだろう。
時短が進む中で、仕事の質、集中度が重要になってくる。そのためにも健康が必要。健康経営が生産性向上に役立っていると声高に言えるようにしたい。

藤木審議官
従来の健康管理は、欠勤率をどう下げるか、病欠をどう少なくするかに主眼が置かれていた。欠勤や遅刻早退といった「アブセンティーイズム」ではなく、出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題により、充分にパフォーマンスが上がらない状態「プレゼンティーイズム」にどう対応するかが重要。プレゼンティーイズムへの対処の方がより難しく、工夫が必要だ。そこを克服していかないと、日本企業のパフォーマンスは上がらないだろう。

受診率急伸のカギは人間ドック休暇

相場詩織
人間ドック受診率大幅アップの要因はどこにあるのでしょう。

高瀬社長
補助だけでなく、人間ドック休暇を導入したことが大きかったと思う。

鶴教授
現場仕事が多い建設業、そもそも健康意識は高かったのではないのか。しかしこれまでは、多忙で休みも取りづらい中で、受診へのハードルが高かった。そこに会社が制度を導入したことで、そもそも意識が高かっただけに、一気に受診率が高まったのではないか。それを同業他社が見習っていけば、業界全体が活性化するだろう。

高瀬社長
自分の健康診断の結果を「見える化」した。かつでは紙に印字していた健康診断の結果をネット上で、いつでも時系列に確認できるようにした。ちょっと具合が悪いときに、結果を見直すといった使い方だ。常に健康を確認できるようにしたことも効果的だったかもしれない。

藤木審議官
生活習慣病は、数値を追わないと状態が分からない。5年前の数値と見比べるといったことが意識づけになったのかもしれない。やはり総合的な取り組みが重要だ。

日本全体の好影響を期待

相場詩織
健康経営の将来像についてお聞かせください。

鶴教授
高齢者は健康の格差が大きい。同じ年代でも元気な人とそうでない人の差が大きいのだ。シニア雇用を考える上で、現役時代にどれだけ健康に配慮したかが重要になってくる。そのまま同じ会社で継続雇用になるか否かは別にして、健康に配慮する企業が増えていけば、日本全体で健康な高齢者が増える、活躍する場も増えるということになる。健康経営の影響は幅広い。だからこそ、政策としても、経営としても、社員自身も、狭い枠組みではなく、幅広い考え方で推進するものと認識すべきだと考えている。

藤木審議官
かつて週休2日が実現した際には、時間の余裕ができ、何かやりたいと思うようになった。これからさらに休日が増えていくとすると、週末に何か違うことをやることになるだろう。そうなると、定年になった時点で「何をやったらいいか分からない」にはならないはず。定年後に「幸せな社会参画」を果たすためには、趣味でも仕事でも、その前の仕込みが必要になってくる。そうでないと、65歳を迎えた途端にやることがなくなり、気落ちしてしまうということもある。その意味でも、働く人のライフスタイルの見直しは重要だろう。

鶴教授
労働時間が短くなって何をやるのか。やることがない人に限って、長時間労働になりがちだ。「スマートワーク経営研究会」での慶應義塾大学商学部山本教授の分析によると、時短でできた時間を自己研鑽に使う人は健康を気にして運動などに取り組む、家族と過ごす時間にも大切にする傾向があるという。
会社が健康経営に取り組めば、社員も意識が高まる、意識の高い社員はポジティブな挑戦に取り組む……ということになれば、健康経営の副次的な効果にもなるだろう。そうした部分が今、注目されている。従業員のパフォーマンス向上が、企業にとってもプラスになるというわけだ。

藤木審議官
休んで何をするのか。その目的があれば、休もうとするだろう。

高瀬社長
健康管理のために休むのは、仕事の一環という考え方。自己負担ゼロで休みも付与されるというのは、まさにそういう意味だ。そういうメッセージを発したということが大きかったといえる。

鶴教授
健康には、まとまった休暇が重要。長時間労働はパフォーマンスを落とし、一方で長期休暇によるリフレッシュは社員のパフォーマンスを向上させる。日本企業では、休むと一緒に働いている人たちに迷惑がかかると思いがちだが、休むことによって社員がよりいい仕事ができるのなら、企業にとってはむしろ休んでもらった方がいいということになる。そういう意味では、長期休暇も健康経営の大きな柱といえるだろう。

藤木審議官
西松建設のように、そもそも健康意識の高い企業は、健康経営に取り組みやすい風土を持っているのではないか。そうしたリードしやすい、リードすべきところにリードしてもらいたい。

トップダウンは重要

鶴教授
トップダウンの効果も大きい。意識や雰囲気を変えるときに、トップが率先して変わっていくことで、周囲も「変わらなければ」となる。トップダウンなしに、従業員自らの取り組みだけでは健康経営は進まない。

高瀬社長
当社は2017年度から健康経営の取り組みを開始し、その取り組みが評価され「健康経営優良法人2018(ホワイト500)」に認定された。さらに今年は「健康経営銘柄2019」に選定されたことで、社内も盛り上がっている。

鶴教授
表彰制度は重要。トップも社員も盛り上がる。評価されることでもっと盛り上がろうという雰囲気になる。

表彰制度が推進を後押し

藤木審議官
健康経営銘柄は、東証と一緒に2014年度に立ち上げた制度だが、社員のモチベーション向上につながっているのであれば、ありがたく、うれしいことだ。

高瀬社長
新卒採用の際、親が「あの会社はどういう会社か」というときに必ず注目される。その面で、いい人材が集まりやすいという効果もある。

藤木審議官
人材も健康も脚光を浴びるようになってきており、いいタイミングでいい流れができてきている。そんな中で、西松建設のような会社がそれをぐっと前に進めていただいた。

高瀬社長
当社の取り組みについて、他社からも問い合わせが多い。

藤木審議官
広がっていくことはいいこと。それで西松建設がさらに一歩前へとなればさらにいいこと。地域展開、海外展開も含め、それぞれの企業がそれぞれのオリジナリティーで健康経営を進めていくことで、業界全体が良くなっていくのだろう。